6倍速で進む「気候崩壊」=ホッキョクグマの生態変化―適応か絶滅か・スバルバル諸島・第3部「未来が見える場所」(8)〔66°33′N=北極が教えるみらい〕 2024年11月11日 08時00分

ホッキョクグマの母子=2007年11月、カナダ中部マニトバ州チャーチル郊外(AFP時事)
ホッキョクグマの母子=2007年11月、カナダ中部マニトバ州チャーチル郊外(AFP時事)

 「絶対に一人で町の外に出ないでください」。北極海に浮かぶノルウェー領スバルバル諸島のファウセ知事は、そう繰り返した。同諸島最大の町ロングイヤービンには、町の外に通じる道路に「ホッキョクグマ注意」の標識が立つ。観光客がその先へ行くには、銃を持つ現地ガイドの付き添いが必要だ。
 スバルバル諸島は北極の中でも特に速く、地球平均の6倍のスピードで温暖化が進んでいるとされる。ホッキョクグマの生活基盤である海氷は減少。「気候崩壊」に歯止めはかからず、遠くない将来に絶滅の危機に直面する可能性が指摘されている。

 ◇海氷に依存
 北極の食物連鎖の頂点に立つホッキョクグマの学名は、ラテン語で「海のクマ」を意味する。スバルバル諸島には約300頭が生息。移動や休息、捕食、子育てなど生活サイクルのほぼすべてで海氷を必要とし、主に海氷上にいるアザラシを狙って狩りをする。
 極寒の海で生き抜くためには、大量の脂肪が必要だ。ノルウェー北極大のヨン・アーシ上級研究員は「ホッキョクグマは春に交尾をしても、母親が十分な脂肪を蓄え、栄養状態が良くなるまで受精卵は着床しない。繁殖にはアザラシのような脂質の多い獲物が必要不可欠だ」と説明する。

 ◇止まらぬ温暖化
 スバルバル諸島では1971年以降、年間平均気温が4度上昇した。ファウセ知事は「約15年前に赴任した時はスノーモービルで海氷の上を渡り、フィヨルドの対岸まで行くことができた。だが、今年の冬は海水温が高く、海を覆った氷は1週間で割れてしまった」と語る。
 近年は永久凍土が解け、降水量も増加した。「地滑りや雪崩が頻繁に起きるようになった」と同知事。南方の暖かい地域に生息していた鳥が移り住み、在来種の数は減り続けているという。
 北極の海氷減少に伴い、ホッキョクグマが獲物を狩る期間は短くなっている。カナダ北東部ハドソン湾では、ホッキョクグマの個体数が21年までの5年間で27%減少。今世紀末までに世界中に生息する推計約2万6000頭が、ほぼ絶滅するとの予想もある。

 ◇限界の合図
 「海氷が減ったことで、陸上にいるトナカイや鳥、卵などを食べるようになった」。アーシ氏は、スバルバル諸島のホッキョクグマに生態の変化が見られると指摘する。ただ、これらの動物から摂取できる脂質は十分とは言えない。
 今のところ同諸島では、ホッキョクグマの個体数減少は確認されていない。ただ、いつまで持ちこたえられるかは不明だ。「海氷が一定量を下回った時点で、深刻な影響が出始めるだろう。年老いた個体や幼い個体が死に始めた時が、限界を超えたという合図だ」
 スバルバル諸島では既にホッキョクグマが厳重に保護されており、「海氷が解けないようにする以外に取れる追加の保護対策はない」とアーシ氏。「環境変化に適応して生き延びるか、滅びるか」。気候崩壊の最前線でホッキョクグマが直面するこの問いは、遅かれ早かれ地球上のすべての動植物が向き合う問題でもある。(ロングイヤービン=ノルウェー=時事)

 ◇ニュースワード「ホッキョクグマ」
 ホッキョクグマ 地上最大の肉食獣の一つで、大きい個体で体長約2.5メートル、体重約800キロに達する。米国やカナダ、ノルウェー、ロシア、デンマーク領グリーンランドの北極圏に生息する。寒冷地で生存するために脂肪を蓄える必要があり、主にアザラシを捕食する。俗に「シロクマ」とも呼ばれるが、地肌は黒色。体毛は透明で中が空洞のため、散乱光によって白く見える。 

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