好調な成長率をバックに引締めスタンを維持=パウエル議長、ジャクソンホールで講演 2023年08月26日 11時19分

[ゴールデンチャート社] 2023年8月26日

 米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、8月25日、ジャクソンホールで開催された経済シンポジウムで講演、米国のインフレと引締め政策の関係について詳細な分析を示した上で、「金融引締め政策は、インフレ低下に効果を発揮しているが、最近の指標がより良好であったとしても、まだ、長い道のりがある」と従来の主張を述べました。米国経済は予想以上に好調で雇用市場の正常化がみられる中で「インフレリスクが高まるのであれば、さらなる引き締めが正当化される」と追加利上げの可能性にも触れました。

 次回米連邦公開市場委員会(FOMC)は9月19日、20日に開催予定、FF金利の現状維持もしくは0.25%の利上げの可能性が強まったと見られます。

パウエル議長講演、ジャクソンホール(要旨)

◇これまでのインフレ率の低下

 現在進行中の高インフレは、当初、非常に旺盛な需要とパンデミックによる供給制約から生まれた。2022年3月にFOMCが政策金利を引き上げた時点では、インフレ率の低下には、前例のないパンデミックに関連した需要と供給の歪みを解消することと、総需要の伸びを鈍らせ供給が追いつく時間を確保することが必要で、金融引き締め政策に依存することは明らかだった。この2つの力は現在、共にインフレ率を低下させるために効果を発揮しているが、このプロセスは、最近の指標がより良好であったとしても、まだ長い道のりがある。

 米国のPCE(個人消費支出)インフレ率は、12カ月ベースでは2022年6月の7%をピークに、7月時点では3.3%まで低下し、ほぼ世界的なトレンドに沿った軌跡をたどっている。インフレ総合指数は、家計や企業が最も直接的に影響を与えるものであり、この低下は非常に良いニュースである。しかし、食料品やエネルギー価格は、依然として不安定な世界情勢の影響を受けるため、インフレの方向性を示すシグナルとしては誤解を招きかねない。

 コアPCEインフレ率は12カ月ベースでは、2022年2月の5.4%をピークに徐々に低下し、7月には4.3%となった。6月と7月のコアインフレ率が前月比で低下したことは歓迎すべきことだが、2カ月間の良好なデータは、インフレ率が目標に向かって持続的に低下しているという確信を醸成する始まりに過ぎない。このような低水準がどの程度続くのか、また、インフレ率は基調として今後数四半期にわたってどの位置に落ち着くのか、まだわからない。12カ月ベースのコアインフレ率は依然高水準であり、物価の安定を取り戻すためには、さらに多くの課題を克服する必要がある。

 コア財のインフレ率は特に耐久消費財で急低下している。自動車セクターはその好例である。パンデミックの初期には、低金利、財政移転、対人サービス支出の抑制、公共交通機関の利用や都市居住からの嗜好の変化などに支えられ、自動車需要が急増した。しかし、半導体が不足したため、自動車の供給は実際には減少した。自動車価格は急騰し、大量の買い控え需要が発生した。パンデミックとその影響が和らぐにつれ、生産台数と在庫は増加し、供給は改善した。同時に、金利上昇が需要を圧迫している。自動車ローンの金利は昨年初めからほぼ倍増し、顧客は金利上昇が値ごろ感に影響していると感じている、との報告があった。

 コア財インフレ全体でも同様の力学が働いている。その結果、金融引締め効果が時間の経過とともにより全面的に表れてくるはずである。コア財価格は過去2カ月月間に下落したが、12カ月ベースでみると、コア財インフレ率は大流行前の水準を大きく上回っている。

 金利感応度の高い住宅セクターでは、金融政策の効果はすぐに顕在化した。住宅ローン金利は2022年の間に倍増し、住宅着工・販売件数は減少し、住宅価格は急落した。市場の賃料の伸びは間もなくピークに達し、その後着実に低下した。計測された住宅サービス・インフレ率は、典型的なパターンを示して遅れて表れ、最近低下し始めている。過去1年間の新規契約賃料の伸びの鈍化は、「パイプラインにある」と考えることができ、今後1年間の住宅サービスにおけるインフレの計測値に影響を与えるだろう。今後、市場賃料の伸びがパンデミック前の水準に落ち着けば、住宅サービス・インフレ率もパンデミック前の水準に向かって低下するはずである。

 非住宅サービスはコアPCE指数の半分以上を占め、ヘルスケア、食品サービス、運輸、宿泊施設など幅広いサービスが含まれる。この部門の12カ月ベースのインフレ率は、金融引締め以来横ばいで推移している。しかし、過去3カ月と6カ月のインフレ率は低下しており、勇気づけられる。非住宅サービスインフレがこれまで緩やかに低下してきた理由のひとつは、これらのサービスの多くが世界的なサプライチェーンのボトルネック の影響をあまり受けておらず、一般的に住宅や耐久消費財など他のセクターよりも金利感応度が低いと考えられているためである。また、これらのサービスの生産は比較的労働集約的であり、労働市場は依然として逼迫している。このセクターの規模を考えると、物価安定の回復にはここでのさらなる好転が不可欠である。時間の経過とともに、金融引締め政策が総需要と総供給のバランスを回復させ、この主要セクターのインフレ圧力を低下させるだろう。

◇今後の見通し

 パンデミックに関連した歪みの解消が進むことでインフレ率に一定の下押し圧力をかけ続けるはずで、金融引締め政策がますます重要な役割を果たすことになりそうだ。インフレ率を持続的に2%まで低下させるには、トレンド以下の経済成長と労働市場の軟化が必要である。

・経済成長

 昨年のシンポジウム以降、2年物の実質利回りは約250ベーシスポイント上昇し、長期実質利回りも150ベーシスポイント近く上昇している。鉱工業生産の伸びは鈍化し、住宅投資額は過去5四半期に減少している。しかし、私たちは、経済が予想通りには冷え込んでいないかもしれないという兆候を注視している。今年に入ってからのGDP(国内総生産)成長率は予想を上回り、長期トレンドでも上回っている。さらに、過去1年半の間に急減速した住宅セクターは、回復の兆しを見せている。トレンド以上の成長を持続していることを示す新たな証拠があれば、インフレ低下へのさらなる前進がリスクにさらされた場合、金融政策のさらなる引き締めが正当化される可能性がある。

・労働市場

 労働市場のバランス回復はこの1年続いているが、まだ不完全である。労働供給は、25歳から54歳までの労働者の労働参加率の上昇と移民の増加によりパンデミック前の水準まで回復し、改善した。実際、働き盛りの女性の労働力率は6月には過去最高を記録した。労働力需要も緩やかになっている。求人倍率は依然として高いが、低下傾向にある。雇用者数の伸びは著しく鈍化している。総労働時間は過去6ヵ月間横ばいで、平均週間労働時間はパンデミック前の範囲の下限まで減少しており、労働市場の状況が徐々に正常化していることを反映している。

 このバランスの回復が賃金圧力を緩和している。様々な指標における賃金の伸びは、徐々にではあるが鈍化を続けている。名目賃金の伸びは最終的には2%のインフレ率に見合う速度まで減速しなければならないが、家計にとって重要なのは実質賃金の伸びである。名目賃金の伸びが鈍化しても、実質賃金の伸びはインフレ率の低下とともに上昇している。この労働市場のバランス回復は今後も続くと予想される。労働市場の逼迫が緩和されなくなったことを示す証拠があれば、金融政策の対応が求められる可能性もある。

・先行き不透明感とリスク管理

 私たちは、インフレ率を長期的に2%のインフレ目標まで低下させるのに十分な金融引締め政策のスタンスを達成し、維持することに責任を託されている。もちろん、そのようなスタンスがいつ達成されたかをリアルタイムで知ることは難しい。これまでの引き締めサイクルに共通する課題もある。例えば、実質金利は現在プラスであり、中立的な政策金利の予測(メディアン)を大きく上回っている。現在の金融政策スタンスは「引き締め」であり、経済活動、雇用、インフレに下方圧力をかけている。しかし、中立的な政策金利を確実に特定することはできないため、金融政策における引き締めの正確なレベルについては常に不確実性が存在する。

 金融引き締めが経済活動や特にインフレ率に影響を与えるラグ(時間差)に関する不確実性によって、その評価はさらに複雑になる。前年のシンポジウム以来、FOMCは政策金利を300ベーシスポイント引き上げてきた。また、保有有価証券の規模を大幅に縮小した。こうしたラグの予想には幅があることから、さらに問題が生じる可能性がある。

 こうした金融政策における伝統的な不確実性の要因に加え、このサイクル特有の需給の混乱は、インフレと労働市場との力関係への影響を通じて、さらに複雑な問題を引き起こしている。例えば、これまでのところ、失業率が上昇することなく求人数が大幅に減少している。これは非常に歓迎すべきことだが、労働力に対する大きな過剰需要を反映していると思われる歴史的に珍しい結果である。さらに、インフレ率がここ数十年の事例に比べ労働市場の逼迫により反応するようになったという証拠もある。このような力学の変化は続くかもしれないし、続かないかもしれず、この不確実性が機敏な政策決定の必要性を強く求められることになる。

 こうした新旧の不確実性が、金融引き締めが強すぎるリスクと、引き締めが弱すぎるリスクのバランスを取るという私たちの仕事を複雑にしている。引き締めを小さくし過ぎると、目標インフレ率を上回るインフレが定着し、最終的には雇用に高いコストをかけながら、より頑強ななインフレを搾り取らねばならなくなる可能性がある。また、引き締め過ぎは経済に不必要な害を与える可能性もある。

◇結論

 私たちは曇り空の下、星を頼りに航海している。このような状況では、リスク管理への配慮が不可欠である。今後の会合で私たちはデータの全体像と、進展していく見通しとリスクに基づいて、進捗状況を評価する。この評価に基づき、さらに引き締めを行うか、あるいは政策金利を一定に保ち、今後のデータを待つかを決定するが、その際には慎重に決定するつもりである。物価の安定を回復させることは、私たちの二つの使命を達成するために不可欠である。すべての人に恩恵をもたらす力強い労働市場環境を持続的に実現するためには、物価の安定が必要である。私たちは、この仕事が完了するまで、この仕事を続けるつもりです。

(H・N)

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■関連情報(外部サイト)
Progress and the Path Ahead(原文、FRB)