議論は関税とインフレに終始=FOMC議事録 2025年08月21日 09時24分

 米連邦準備理事会(FRB)は、7月29日、30日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録を公開しました。今回の会合でFOMCはフェデラルファンド金利(FF金利)の目標レンジを4.25~4.50%に据え置く決定をしました。決定に際して参加メンバーの2人が反対票を投じました。今回公表された議事録で金融政策に関する気論として、「関税がインフレに与える影響が完全に明らかになるまで、金融政策のスタンスを調整することは現実的ではなく、適切でもないとの見解を示した」、「一部の参加メンバーは、関税がインフレに与える影響の持続性については、金融政策のスタンスが重要な要素となることを強調した」、「複数の参加メンバーは、現在のFFの目標レンジは、その中立水準をそれほど上回っていない可能性があるとコメントした」などのやり取りがあったことが記載されています。

FOMC議事録(要旨) 

■ 米国経済の現状と見通しに関する議論

【関税とインフレ】 

 多くの参加メンバーは、全体的なインフレ率は当委員会の 2% の長期目標を若干上回っているとの見解を示した。最近の財価格のインフレ率の上昇が示すように、関税の影響がデータに顕著に表れている一方、サービス価格のインフレ率は引き続き鈍化していると指摘した。一部の参加メンバーは、関税の影響が潜在的なインフレ傾向を覆い隠しており、関税の影響を除けばインフレ率は目標値に近いと述べた。

 インフレ見通しについて、参加メンバーは短期的にはインフレ率が上昇すると予想した。今年の関税引き上げの影響のタイミング、規模、持続性については、依然としてかなりの不確実性があると判断した。時期については、多くの参加メンバーは、関税引き上げの影響が消費財やサービス価格に完全に反映されるまでには、ある程度の時間がかかる可能性があると指摘した。このタイムラグが生じる要因として、関税引き上げを見越した在庫の積み増し、投入コストの上昇が最終財やサービス価格に転嫁されるまでのタイムラグ、契約価格の更新の遅れ、顧客との取引関係の維持、関税の徴収に関する問題、依然として継続中の貿易交渉などを挙げた。

 関税が物価に与える影響の大きさについて少数の参加メンバーは、これまでのところ、外国の輸出業者は関税引き上げ分のうちごく一部しか負担していないことが示唆されており、関税の負担は主に国内企業や消費者が負っていることを示唆していると指摘した。複数の参加メンバーは、企業関係者や企業調査から得た情報に基づき、多くの企業が時間の経過とともに関税コストを最終顧客に転嫁せざるを得なくなるだろうとの見通しを示した。しかし、一部の参加メンバーは、取引先や調査回答者から、関税コストを顧客に完全に転嫁しないよう、さまざまな戦略が講じられているとの報告があったと述べた。こうした戦略としてサプライヤーとの交渉や切り替え、生産プロセスの変更、利益率の低下、賃金管理の強化、自動化や新技術などのコスト削減策の活用などが挙げられた。一部の参加者は、現在の需要状況により、企業が関税コストを価格に転嫁する能力は制限されていると強調した。インフレの持続性については、少数の参加メンバーは、関税引き上げは、妥当な期間に実現する一時的な物価水準の上昇にとどまると予想していると強調した。サプライチェーンの混乱など関税関連の要因により、インフレが頑強に高まる可能性があり、関税関連の価格上昇と基礎的なインフレ動向の変化を区別することは困難になるかもしれない、と述べた。

 参加メンバーは、長期的なインフレ期待は引き続きしっかりと定着しており、その状態を維持することが重要であると指摘した。複数の参加メンバーは、インフレ率が 2% を上回って長期間続いていることを強調し、この経験によって関税引き上げのインフレへの影響が長期化した場合、長期のインフレ期待が定着しなくなるリスクが高まっていると述べた。

【労働市場】

 参加メンバーは、失業率が低水準で推移し、雇用は「最大雇用」の推定値またはその近傍にあると指摘した。複数の参加メンバーは、失業率が低水準で安定しているのは、採用が低迷し、解雇も少ないことが要因であると指摘した。一部の参加メンバーは、不確実性が高まっている中、取引先や企業調査の回答者は採用や解雇に慎重な姿勢を示していると指摘した。労働市場の先行きについて、一部の参加メンバーは、労働需要の鈍化を示唆する経済指標を指摘した。その例として雇用増加の鈍化と集中化、景気循環に敏感な黒人および若年層の失業率の上昇、転職者の賃金上昇率が在職者よりも低いことが挙げられた。ベージュブックや接触先との議論から、需要の鈍化を示す事例も指摘した。さらに、多くの参加メンバーは、総需要と経済活動の低迷は、一部の輸入業者が関税引き上げに耐えられない可能性と同様に、労働市場の状況の悪化につながる可能性があることを指摘した。しかし、一部の参加メンバーは、移民の減少により実際の生産高と潜在生産高がともに低下し、実際の給与の伸びと失業率を安定的に維持するために必要な新規雇用数も減少しているため、生産や雇用の伸びの鈍化は必ずしも景気減速の兆候とは限らないとの見解を示した。一部の参加メンバーは、移民政策が建設業や農業など一部のセクターの労働供給に影響を与えているとの情報源からの報告を伝えた。

【米国経済】

 参加メンバーは、今年上半期の経済活動は主に消費の伸びの鈍化と住宅投資の減少により、減速したと指摘した。複数の参加メンバーは、今年下半期の経済活動は低調なまま推移すると予想した。一部の参加メンバーは、それでも、家計の純資産の増加などの金融情勢が経済活動を下支えすると指摘し、クレジットカードの延滞が安定または低水準にあることを強調した。数人の参加メンバーは、政策の不確実性が徐々に解消されることで、経済活動が下支えされるとの見方を示した。家計部門については、複数の参加者が、実質所得の伸びの鈍化が個人消費の伸びを圧迫している可能性があると指摘した。数人の参加メンバーは、住宅販売物件の増加や住宅価格の下落など、住宅需要の低迷を指摘した。企業については、複数の参加メンバーが、政策の不確実性の継続が企業投資の鈍化要因となっていると指摘したが、数人の参加メンバーは、ここ数カ月で企業マインドが改善していると指摘した。少数の参加メンバーは、農産物価格低迷により農業部門は逆風にあるとコメントした。

 経済見通しに関するリスクと不確実性について、参加メンバーは、財政政策、移民政策、関税政策に関する不確実性は一部減少したとの見方もあったが、経済見通しに関する不確実性は依然として高いと判断した。参加メンバーは、当委員会の 2 つの使命の双方におけるリスクを指摘し、インフレの上振れリスクと雇用の下振れリスクを強調した。参加メンバーの大半は、この 2 つのリスクのうち、インフレの上振れリスクの方が大きいと判断したが、数人の参加メンバーは 2 つのリスクは概ね均衡しているとの見方をを示し、2、3 人の参加メンバーは雇用に関する下振れリスクの方がより顕著なリスクであると判断した。インフレの上振れリスクについては、関税の影響の不確実性やインフレ期待定着の喪失の可能性が指摘された。関税によるリスクに加え、参加メンバーは、リスク・プレミアムの上昇による金融引き締め、住宅市場のより大幅な悪化、職場における AIの活用拡大による雇用減少のリスクなど、雇用に関する潜在的な下振れリスクを指摘した。

【金融の安定化】

 金融の安定性について、コメントした参加メンバーは、金融システムに監視が必要な脆弱性があると指摘した。複数の参加メンバーは、資産評価圧力の高まりについて懸念を表明した。銀行に関しては、2、3人の参加メンバーは、規制資本水準は引き続き堅調であるものの、一部の銀行は長期金利の上昇とそれに伴う銀行資産の未実現損失の影響を受けやすい状況が続いているとコメントした。少数の参加メンバーは、財務省証券市場の脆弱性についてコメントし、ディーラーの仲介能力、市場におけるヘッジファンドの存在感の高まり、および市場の薄さによる脆弱性について懸念を表明した。2、3人の参加メンバーは、外国為替スワップについて、これは米国および海外の顧客にドルを貸し出す外国金融機関にとって重要なドル資金調達手段である一方、満期不一致やロールオーバーリスクによる脆弱性もあると述べた。多くの参加者は、決済用ステーブルコインに関する最近の動向と今後の見通し、および金融システムに与える影響について議論した。これらの参加者は、GENIUS 法(米国ステーブルコインに関する国家イノベーションの指導および確立に関する法律)が最近成立したことを受け、決済用ステーブルコインの利用が拡大する可能性があることを指摘した。また、決済用ステーブルコインは決済システムの効率向上に役立つと述べた。さらに、こうしたステーブルコインは、その裏付け資産である米国債などの需要を増加させる可能性があるとも指摘した。さらに、コメントを述べた参加メンバーは、ステーブルコインは銀行・金融システムや金融政策の実施に広範な影響を及ぼす可能性があるため、ステーブルコインの担保資産の動向を注視するなど、細心の注意を払う必要があると指摘した。

■ 金融政策決定に関する議論

 今回の会合における金融政策の検討において、参加メンバーは、インフレ率がやや高めの水準で推移していることに留意し、参加者は、純輸出や在庫の変動がデータの測定や解釈に影響を与えているものの、最新の経済指標は今年上半期の経済活動の伸びが鈍化したことを示唆していると指摘した。さらに、参加メンバーは、失業率が低水準で推移しており、労働市場が「最大雇用」またはその近くにあることを指摘した。参加メンバーは、経済見通しに関する不確実性は依然として高いと判断した。ほぼすべての参加メンバーは、今回の会合では、フェデラルファンド金利(FF金利)の目標レンジを 4.25~4.50%に維持することが適切であると判断した。また、すべての参加メンバーは、FRBの証券保有の削減プロセスを継続することが適切であると判断した。

 金融政策の先行きについて、ほぼすべての参加メンバーは、労働市場が引き続き堅調であり、現在の金融政策が緩やかな引締め状態にあることから、当委員会は、経済情勢の潜在的な変化にタイムリーに対応できる立場にあるとの見解で一致した。参加メンバーは、金融政策は、入手する幅広いデータ、経済見通し、およびリスクのバランスを踏まえて決定されることに合意した。関税引き上げの影響は一部の商品価格に顕著になってきているが、経済活動やインフレへの全体的な影響はまだ見通せないとの見方を示した。また、関税引き上げがインフレに与える影響の大きさや持続性について、より明確になるには時間がかかるだろうとの見方も示された。それでも、一部の参加者は、今後数カ月のデータから多くのことを学び、リスクのバランスとFF金利の適切な設定に関する評価に役立てることができると強調した。一方、一部の参加者は、関税がインフレに与える影響が完全に明らかになるまで、金融政策のスタンスを調整することは現実的ではなく、適切でもないとの見解を示した。一部の参加メンバーは、関税がインフレに与える影響の持続性については、金融政策のスタンスが重要な要素となることを強調した。複数の参加メンバーは、現在のFFの目標レンジは、その中立水準をそれほど上回っていない可能性があるとコメントした。この見解を裏付ける要因として、金融情勢は、経済活動を後押しする中立的な状況にあるか、あるいは経済活動を後押しする状況にある可能性が高いことを挙げた。

 金融政策の見通しに影響を与えるリスク管理上の考慮事項について議論した結果、参加メンバーは、インフレの上振れリスクと雇用の下振れリスクは引き続き高いとの見方で概ね一致した。参加メンバーは、今年、関税が予想以上に持続的なインフレの上昇をもたらす場合、あるいは中長期のインフレ期待が著しく高まる場合、特に労働市場が堅調な状況が続いている場合は、それ以外の状況よりも金融政策のスタンスを引締め状態に維持することが適切であると指摘した。一方、労働市場が大幅に弱体化したり、インフレ率がさらに低下し、インフレ期待が引き続きしっかりと定着している場合は、そうでない場合よりも金融政策の引き締めを緩和することが適切であるとの指摘があった。参加メンバーは、インフレ率の高さがより持続的である一方、労働市場の先行きが弱まる場合、当委員会は困難なトレードオフに直面する可能性があることに留意した。参加者は、そのような状況が生じた場合、各変数のおける当委員会の目標からの乖離度、およびそれぞれの乖離が解消されるまでの時間の違いを考慮して検討することに合意した。参加者は、こうした状況下では、長期のインフレ期待が引き続きしっかりと定着していることを確保することが特に重要であると指摘した。

 FRBのバランスシートに関する問題について参加メンバーは、バランスシートの縮小はこれまで順調に進んでおり、さまざまな経済指標は準備金が高水準にあることを示していると指摘した。債務上限問題が解決した後、TGA 残高(*1)が回復する中で準備金が減少すると予想されることから、マネーマーケットの状況を注意深く監視し、準備金がどの程度十分な水準にあるかを継続的に評価することが重要であると認識した。また、一部の参加メンバーは、このような環境下では、重要な報告日や支払フローの日に準備金が急激に減少する可能性があるとの見方も示した。こうした事態が発生し、マネーマーケットに圧力がかかった場合、FRBの既存のツールが準備金の追加供給に役立ち、FF金利を目標範囲内に維持するのに役立つだろうとの指摘があった。数人の参加メンバーは、6 月四半期末の利用の増加に反映されているように、SRF (*2)が金融政策の実施において果たす役割を強調し、SRFの有効性を高めるためSRF の中央清算の可能性についてさらに検討することを支持した。

(*1)TGAとは、米財務省がFRBに保有する口座で、税金などの徴収、社会保障給付金の支払い、国家債務の利払いなどに使われる。

(*2)SRFとは、FRBによる常設レポファシリティ(Standing Repo Facility)の略称。金融市場の安定化を目的とした制度で、金融機関が米国債などを担保にFRBから翌日物資金を借り入れることができる仕組み。

(H・N)

[ゴールデンチャート社]

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■関連情報(外部サイト)
FOMC議事録(原文、FRB)