ウクライナ、「DVの津波」に警鐘=兵士の動員解除で急増も―家族の崩壊防ぐ態勢必要 2024年03月13日 15時22分

ウクライナのリビウ警察DV防止課の責任者マルタ・バシルケビッチさん=4日、リビウ
ウクライナのリビウ警察DV防止課の責任者マルタ・バシルケビッチさん=4日、リビウ

 【キーウ時事】ロシアの侵攻が3年目に入る中、ウクライナでは戦時下のストレスや失業、経済的困窮などを背景とした家庭内暴力(DV)が増加している。前線で過酷な状況を体験し、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やアルコール依存症に陥る兵士も多い。心のケアを施す態勢は十分と言えず、専門家は「戦闘終結で兵士の帰還が本格化すれば、社会がDVの津波にのみ込まれかねない」と警鐘を鳴らしている。
 ◇侵攻後に暴力激化
 「もう夫の元に戻りたくない」。マリナさん(仮名、36)は、2カ月前から身を寄せる西部リビウの民間シェルターで重い口を開いた。
 夫は以前から暴力を振るうことがあった。侵攻以降、常にいらいらするようになり「言葉の暴力が激しくなった」。マリナさんは自尊心を打ち砕かれ、罵倒されるのは自分が悪いからだと思い込むようになった。
 母は「戦争が終わったら(夫の言動も)良くなるはずだ」と言う。だが、シェルターに入り夫と離れたことで、自分がいかに抑圧されていたかに気付いた。「今は早く仕事を見つけ、両親に預けている娘を迎えに行きたい」と語る。
 ◇PTSDや依存症
 DV被害などのホットラインを運営するNGO「ラ・ストラダ・ウクライナ」によると、2021年の相談件数は約3万8000件。侵攻が始まった22年前半は多くの女性や子供が国外に避難したため一時的に減少したが、通年では約3万8500件。23年は約4万件と増加が続く。
 長期にわたりトラウマになる出来事を体験した兵士は、PTSDやアルコール・薬物依存症などに苦しみ、暴力的になる傾向が強いとされる。ゼレンスキー大統領によると、ウクライナ軍の総兵力は約88万人に上る。
 リビウ警察DV防止課の責任者マルタ・バシルケビッチさんは「政府が追加動員で交代要員を確保できていないため、大半の兵士はまだ前線から戻っていない」と指摘。今後数年間の兵員交代や動員解除で大規模な兵士の移動が起きるとし、「DVがどこまで増えるのか想像もつかない」と語る。
 ◇次世代にも影響
 戦時下でDV被害の全容を把握するのは難しい。「国を守るために戦った兵士は『英雄』とたたえられる一方、DVはささいな問題として扱われる」とNGO「女性の視点センター」の心理学者マルタ・チュマロさん。親族や警察に相談しても「国や兵士が直面する状況を理解し、思いやりを持つべきだ」との「社会的圧力」がかかり、通報をためらうケースも多いという。
 ただ、DVの爪痕は未来の世代にも深く刻まれる。チュマロさんは「暴力的な家庭で育った子供は健全な大人の模範を見ておらず、非行や暴力に走る傾向がある」と説明。復員した兵士を社会に再統合する態勢を整え、いかに家族の崩壊を防ぐか。「ウクライナが今後向き合っていかなければならない問題だ」と訴えている。 

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ウクライナのNGO「女性の視点センター」の心理学者マルタ・チュマロさん=4日、リビウ
ウクライナのNGO「女性の視点センター」の心理学者マルタ・チュマロさん=4日、リビウ

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