利下げへの意欲と自信=パウエル議長、ジャクソンホールで講演 2024年08月24日 11時34分

 米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、8月23日、ジャクソンホールで開催された経済シンポジウムで講演し、「金融政策を調整する時が来ました。方向性は明確であり、利下げのタイミングとペースは、今後発表されるデータ、変遷する見通しおよびリスクバランスに依存します」と9月の連邦公開市場委員会(FOMC)に向け利下げへの意欲を示しました。さらに「金融引締め政策を適切に低減させれば、力強い労働市場を維持しながらインフレ率を2%に戻せると考える十分な根拠があります」と自信をうかがわせました。しかしながら、利下げの規模、回数には言及しませんでした

 講演は、コロナパンデミックからの経済回復の過程で発生した高インフレと労働市場の需給についてのレビューおよび分析に大部分の時間を割き、インフレ期待の重要性を強調しました。

パウエル議長講演、ジャクソンホール

 コロナパンデミック到来から4年半が経過し、パンデミックに関連した経済の歪みは最悪な状態から脱しつつあります。インフレ率は大幅に低下、労働市場はもはや過熱しておらず、状況はパンデミック前よりも逼迫していません。供給制限も正常化しました。そして、私たちの「2つの使命」に対するリスクのバランスは変化しました。私たちの目標は、力強い労働市場を維持しながら物価の安定を回復することであり、インフレ期待があまり定着されていなかった以前のディスインフレにおける特徴であった失業率の急激な上昇を避けることです。この課題は完全ではありませんが、私たちはこの成果に向けてかなりの前進を遂げました。

当面の金融政策の見通し

 過去3年間の大半はインフレ率が目標の2%を大きく上回り、労働市場は極めてタイトな状況でした。FOMCの主な焦点はインフレ率の低下であり、それは適切なものでした。このような事態が起こるまで、現在生きているほとんどのアメリカ人は長い間、高インフレの苦しみを経験したことがありませんでした。インフレは大きな苦難をもたらし、特に食料、住宅、交通といった必需品のコスト上昇に対応できない人々にとっては深刻でした。高インフレは、今でも残っているストレスと不公平感を引き起こしました。

 私たちの金融引締め政策は、総需要と総供給のバランスを回復させ、インフレ圧力を緩和し、インフレ期待が十分に定着されるようにすることでした。インフレ率は現在、私たちの目標にかなり近づいており、過去12カ月間で物価は2.5%上昇しました。私は、インフレ率が2%に戻る持続可能な道筋をたどっているとの確信を深めています。

 雇用に目を転じると、パンデミック直前の数年間は、低失業率、高参加率、歴史的に低い人種間雇用格差、インフレ率が低位で安定していることによる低所得者での健全な実質賃金の上昇など、長期にわたる好調な労働市場環境が社会にもたらす大きな恩恵を目の当たりにしました。

 現在、労働市場はかつての過熱状態からかなり冷え込んでいます。失業率は1年以上前から上昇に転じ、現在は4.3%と過去の水準から見ればまだ低いものの、2023年初頭の水準をほぼ1%上回っています。この上昇の大部分は過去6カ月間のものです。これまでのところ、失業率の上昇は、一般的に景気後退時に見られるレイオフの増加によるものではありません。むしろ、失業率の上昇は、主に労働者の供給が大幅に増加し、以前のような猛烈な雇用ペースが鈍化したことを反映したものです。それでも、労働市場の冷え込みは明らかです。求人倍率は低下し、失業者数に対する求人数の比率はパンデミック前の水準に戻りました。求人倍率と退職倍率は2018年と2019年の水準を下回っています。名目賃金の上昇は緩やかになりました。全体として、労働市場の状況は、インフレ率が2%を下回った2019年のパンデミック直前よりもタイトではなくなりました。労働市場がすぐにインフレ圧力の上昇要因となることはなさそうです。労働市場のさらなる冷え込みを求めることも歓迎することもありません。

 全体として、経済は堅調なペースで成長を続けています。しかし、インフレと労働市場のデータは、状況が変化していることを示しています。インフレの上昇リスクは低下しています。雇用の下振れリスクは高まっています。前回のFOMC声明で強調したように、私たちはデュアル・マンデート(2つの使命)の両面におけるリスクに注意を払っています。

 金融政策を調整する時が来ました。方向性は明確であり、利下げのタイミングとペースは、今後発表されるデータ、変遷する見通しおよびリスクバランスに依存します。

 私たちは、物価の安定に向けてさらに前進する中で、力強い労働市場を支えるためにできることはすべて行うつもりです。金融引締め政策を適切に低減させれば、力強い労働市場を維持しながらインフレ率を2%に戻せると考える十分な根拠があります。現在の政策金利の水準は、労働市場の状況がさらに弱まるという好ましくないリスクを含め、私たちが直面であろうリスクに対処するのには十分な余地を与えてくれています。

インフレ率の上昇と下降

 それでは、なぜインフレ率が上昇したのか、そして失業率が低水準で推移しているにもかかわらず、なぜインフレ率が大幅に低下したのかについて考えてみましょう。こうした疑問に関する研究は増えつつあり、今がこの議論を行う絶好の機会です。これついては、私たちがこの世を去った後もずっと分析され、議論されることでしょう。

 コロナパンデミックの到来は、世界中の経済を急速に停滞させました。当時は急激な不確実性と深刻な下振れリスクを孕んだ時期でした。危機の到来時によく起こるようにアメリカ人はよく適応し、革新を遂げました。特に米国議会は全会一致でCARES法を可決しました。FRBでは、金融システムを安定させ経済恐慌を食い止めるために、かつてないほどの権限を行使しました。

 歴史的に深い、しかし短期間の景気後退の後、2022年半ばに経済は再び成長し始めました。深刻で長期化する景気後退のリスクが後退し、経済が再開するにつれ、私たちは世界金融危機後の痛々しいほど遅い回復が再発するリスクに直面しました。

 議会は2020年後半と2021年前半に大幅な追加財政支援を行いました。支出は2021年前半に力強く回復しました。継続していたパンデミックが回復のパターンを形作りました。コロナ感染症に対する長引く懸念が、対人サービス支出の重荷となりました。しかし、旺盛な需要、刺激的な政策、パンデミックによる仕事と余暇の習慣の変化、サービス支出の抑制に伴って積み増しされた貯蓄は、すべて商品に対する消費者支出の歴史的な急増に貢献しました。

 パンデミックは供給状況にも大打撃を与えました。パンデミック発生時に800万人が離職し、2021年初頭には労働力人口はパンデミック前の水準を400万人下回りました。労働力人口がパンデミック前のトレンドに戻るのは2023年半ばのことでした。サプライチェーンは、失われた労働者、国際貿易における連携の崩壊、需要の構造とレベルの地殻変動によって混乱しました。世界金融危機後の緩やかな回復とは明らかに異なります。

 インフレ率は2020年まで目標を下回って推移しましたが、2021年年3月と4月に急上昇しました。最初のインフレ爆発は、自動車など供給不足の商品の価格が極端に上昇したため、広範というよりはむしろ限定的でした。私と同僚は当初、こうしたパンデミックに関連した要因は永続的なものではなく、したがって急激なインフレ上昇は金融政策対応の必要なく、かなり速やかに通過する可能性が高い、つまりインフレは一過性のものだろうと判断しました。インフレ期待が十分に定着されている限り、中央銀行がインフレの一時的な上昇を看過することは適切であるというのが、長い間の標準的な考え方を基にした見解でした。一般的な予想では、供給条件はそれなりに早く改善し、需要の急回復は一巡し、需要は財からサービスへと転向してインフレ率は低下すると考えられていました。

 一時期、データは一過性であるとの仮説と一致していました。2021年4月から9月まで、コア・インフレ率の月次指標は毎月低下しましたが、その進展は予想より緩やかでした。私たちの間のやりとりにも反映されているように、この仮説は同年半ば頃から弱まり始めました。10月以降、データは一過性仮説に反して大きく変化しました。高インフレが一過性のものではないこと、そしてインフレ期待が良好に維持されるためには強力な政策対応が必要であることが明らかになりました。私たちはこのことを認識し、11月以降、金融政策を転換しました。金融情勢は引き締まり始めました。資産買い入れを段階的に縮小した後、2022年3月に解除しました。

 2022年初頭までに総合インフレ率は6%を超え、コア・インフレ率は5%を超えました。新たな供給ショックが発生、 ロシアのウクライナ侵攻によりエネルギー価格と商品価格が急上昇しました。供給状況の改善とモノからサービスへの需要の変化は、米国でのさらなるコロナ感染の波もあり、予想よりもはるかに時間がかかりました。

 インフレ率の高まりは世界的な現象であり、商品需要の急増、サプライチェーンの制約、労働市場の逼迫、商品価格の高騰といった共通の経験を反映していました。当時は高インフレが定着し、私たちはそれを回避することに全力を注いでいました。

 2022年半ばまでに労働市場は極めて逼迫し、雇用者数は2021年半ばから120万人以上増加しました。この労働需要の増加は、衛生上の懸念が薄れ始めたことによる労働者の再就職が一因となっています。しかし、労働供給は依然として制約されたままであり、2022年夏には、労働力人口は大流行前の水準を大幅に下回りました。2022年3月から年末までの求人数は失業者数の約2倍で、深刻な労働力不足を示していました。

 2年前のこの講演で、私はインフレに対処することが失業率の上昇や成長率の鈍化という形で痛みをもたらす可能性について議論しました。私は、物価の安定を完全に回復させ、それが達成されるまでやり続けるという無条件のコミットメントを表明しました。

 FOMCはその責任を果たすことにひるむことなく、私たちの行動は、物価安定の回復に対する私たちのコミットメントを力強く示しました。私たちは2022年に政策金利を425ベーシスポイント引き上げ、2023年にはさらに100ベーシスポイント引き上げました。私たちは2023年7月以降、政策金利を現在の引締め状態で維持しています。2022年夏がインフレのピークとなりました。インフレ率が2年前のピークから4.5ポイント低下したのは、失業率が低水準にある中で起きたことであり、歓迎すべきことですが、歴史的に見ても異例の結果です。

 失業率が自然失業率を上回ると推定されるにもかかわらず、なぜインフレ率が低下したのでしょうか?

 パンデミックに関連した需給の歪み、エネルギー・商品市場への深刻なショックが高インフレの重要な要因であり、その反転がインフレ率低下の重要な要因でした。こうした要因の解消には予想以上に時間がかかりましたが、最終的にはその後のディスインフレに大きな役割を果たしました。私たちの金融引締め政策は総需要の抑制に寄与し、総供給の改善と相まってインフレ圧力を低下させる一方、健全なペースでの成長維持を可能にしました。労働需要も緩やかになったため、失業率に比して歴史的に高水準にあった欠員率は、大規模で破壊的な解雇を伴わない欠員率の低下によって正常化し、労働市場はもはやインフレ圧力の原因とはならない状態になりました。

 インフレ期待の重要性について一言。標準的な経済モデルは長い間、インフレ期待がインフレ目標に定借されている限り、経済が緩むことなく製品市場と労働市場が均衡すればインフレ率は目標に戻るという見解を反映してきました。しかし、2000年代以降の長期的なインフレ期待の安定性は、高インフレの長引く再燃によって検証されではいなせんでした。インフレ期待の定着が維持されるという確証には程遠いものでした。インフレ期待の定着が外れることへの懸念から、ディスインフレには経済、特に労働市場の緩みが必要だという見方が広がりました。最近の経験から得られた重要な教訓は、中央銀行の積極的な行動によって強化されたインフレ期待の定着は、経済の緩ませることなくディスインフレを促進できるということです。

 この説では、インフレ率の上昇の多くは、過熱し一時的に歪んだ需要と制約された供給との異常な衝突によるものだとしています。研究者のアプローチや結論はある程度異なりますが、インフレ率上昇の大部分をこの衝突に起因させるというコンセンサスが形成されつつあるようです。

 労働市場の力強さを維持したままのディスインフレは、中央銀行が長期的に2%のインフレをもたらすという国民の信頼を反映するインフレ期待の定着があって初めて可能になります。この信頼は数10年にわたって築かれ、私たちの行動によって強化されてきました。

結論

 最後に、パンデミック経済がこれまでにないものであることが証明されたこと、そしてこの異常な時期から学ぶべきことがまだ多く残っていることを強調して締めくくりたいと思います。長期的な目標と金融政策に関する私たちの声明は、5年ごとに完全な公開レビューを通じて私たちの原則を見直し、適切な調整を行うという私たちのコミットメントを強調するものです。今年後半にこのプロセスを開始するにあたり、私たちは、私たちの枠組みの長所を維持しつつ、批判や新しいアイデアを受け入れるつもりです。パンデミックの際に明らかになったように、私たちの知識の限界は、過去から教訓を学び、それを現在の課題に柔軟に適用することに焦点を当てるような謙虚さと探求の精神が必要であることを示唆しています。

(H・N)

[ゴールデンチャート社]

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