原点から「非政治性」課題=天皇ニクソン会談 2025年02月10日 15時05分
昭和天皇が米アラスカ州でニクソン大統領と行った会談で、ニクソン氏から中国訪問について詳しく説明を受けていたことが米側文書で裏付けられた。突然の訪中発表により生じた日本との緊張を緩和する必要性を同氏が強く意識していたことを示すと同時に、皇室外交の柱である天皇外遊が原点の時点で「非政治性」の確保という課題を抱えていた実態が浮き彫りになった。
キッシンジャー大統領補佐官(国家安全保障担当)は会談に備え、「天皇は戦後憲法の下で国民統合の象徴と定められており、政府の法的権限を一切持たない」と指摘する文書を起草していた。同氏が文書中で会談で採り上げるべき内容としてニクソン氏に提案した6項目に、訪中の説明は含まれていなかった。
しかし、会談の席でニクソン氏は一定の時間を割いて訪中に関し語り、昭和天皇も日米関係を維持することが重要だなどとコメントした。ニクソン氏にとっては、「象徴天皇」という日本に特有の制度への配慮より、日本側の対米不信を和らげ、良好な2国間関係をアピールするという政治的目的の方が重要だった。
会談が禍根を残したというわけではない。昭和天皇は米国の援助に日本国民を代表して感謝の意を表し、日米友好を印象付けた。その後の欧州歴訪では、第2次大戦で敵国だった日本への反感が残る英国とオランダで抗議活動に直面したものの、文化平和国家・日本というイメージを国際社会に広めた。課題をはらみつつも、皇室外交の意義は小さくない。
今回の米側の文書開示を巡っては、日本側の対応の不明瞭さも指摘すべきだろう。
昭和天皇の通訳を務めた真崎秀樹氏は1992年の著書で会談の概要を紹介し、「陛下も『まだまだ米中間には難しい問題がたくさん残っていることでしょう』というような意味のことを言われた」と証言している。だが、宮内庁編さんの「昭和天皇実録」に訪中発言の記述はなく、2013年の外交史料公開でも会談内容は明かされなかった。
元号が変わらなかったと仮定すれば、今年は「昭和100年」に当たる。昭和天皇の実像を把握して時代を振り返り、皇室の将来を展望するためにも、史料の一段の公開が望まれる。(北井邦亮・時事通信外信部編集委員)。