レーニンが見下ろす町、スバルバル諸島=ロシア、北極要衝に揺さぶり―宣伝工作、新たな火種に・第1部「二つの北極」(1)〔66°33′N=北極が教えるみらい〕 2024年09月10日 07時31分
フィヨルドを吹き抜ける風に、旧ソ連とロシアの国旗がはためく。「われらの目標は共産主義だ!」。小さな町を見下ろす丘には、ソ連の初代指導者レーニンの胸像と共に、こう記された大きな記念碑が立っていた。
ここはロシアではない。北極海に浮かぶノルウェー領スバルバル諸島。ロシアがソ連時代から運営する炭鉱の町バレンツブルクだ。温暖化で海氷が解け、北極が蒼い海へと変わる中、資源や覇権の争奪戦が過熱。スバルバル諸島ではロシアが影響力拡大を図り、新たな火種を生んでいる。
◇廃れゆく炭鉱
スバルバル諸島は特異な場所だ。1920年署名のスバルバル条約でノルウェーの主権が確立し、締約国の国民には居住・経済活動の権利が認められた。
6月上旬、バレンツブルクは水曜日の午後にもかかわらず閑散としていた。港の石炭集積所に重機が動いている気配はない。遠くの煙突からたなびく細い煙が、廃れゆく採炭事業を暗示していた。
ロシア本国同様、バレンツブルクでも近年、反政府的な言動の取り締まりが強化された。反発する多くの住民が町を去り、ロシアのウクライナ侵攻で観光客も激減。450人近くいた住民は300人まで減った。
◇柔らかい下腹部
ロシアは天然ガスなどの資源が眠り、核抑止戦略の中核を担う北方艦隊が拠点とする北極海を戦略的重要地域に位置付ける。同艦隊の戦略原子力潜水艦が大西洋に出る際の通り道に当たる要衝がスバルバル諸島だ。
ウクライナ侵攻後、北極はロシアと北大西洋条約機構(NATO)で真っ二つに分断。スバルバル諸島は両陣営が緩衝地帯なしでにらみ合う舞台となった。
ノルウェー北極大のカリ・アガ・ミクレボスト教授は「ロシアにとって北極は『柔らかい下腹部』とも言える急所だ」と指摘。「北方艦隊を守るため、スバルバル諸島の足場を強化し、NATOによる軍事拠点化を阻止することを狙っている」と分析する。
◇旧ソ連勢力圏の復活
「伝統は復活し、生き続ける」。同諸島でロシアが所有するもう一つの町ピラミデン。ロシア当局は6月、町の背後にそびえ立つ山の頂に巨大な旧ソ連の国旗を立て、SNSにこう投稿した。
昨年5月の対ドイツ戦勝記念日には、バレンツブルクで国旗を掲げた車両やスノーモービルによる軍隊形式のパレードを実施。同8月には、ピラミデンにロシア正教会の巨大な十字架を立てた。
ミクレボスト氏は「ソ連の歴史的遺産を使って旧ソ連『勢力圏』の復活を誇示し、(その一部である)ウクライナへの侵攻を正当化する宣伝工作だ」と指摘。「同時に、ノルウェーに揺さぶりをかけ、スバルバル諸島の統治を弱体化させようとしている」と語る。
ロシアはピラミデンに新興国グループ「BRICS」の科学研究施設を設立する計画を打ち出し、イランやトルコ、サウジアラビアにも参加を打診した。各国が関心を強める北極への足掛かり提供を「えさ」に、西側に対抗する陣営の構築を急ぐ。北極に吹き始めた対立の風は、一触即発の危うさをはらんでいる。