「菅流」の東北復興=グリーン成長重視、柱は自助―コロナ禍が影、五輪に不安 2021年03月07日

 「福島の本格的な復興・再生、そして東北復興の総仕上げに全力を尽くす」。東日本大震災から10年の節目の年を迎え、菅義偉首相は1月18日、就任後初の施政方針演説でこう訴えた。
 壊滅的な打撃を受けた沿岸部の交通インフラなどハード面の復旧に一定のめどが付いた今、政府が重きを置くのは再生可能エネルギーやロボットなど先端産業の育成を通じた地域経済の自立。それは看板政策の脱炭素やデジタル化にもつながる「菅流」だ。しかし、コロナ禍への対応が重荷となり、原発処理水の処分といった重要な政治決断は先送り。感染が収束に向かわなければ「復興五輪」とする今夏の東京五輪・パラリンピックはさらに逆風が強まる。
 ◇仕上げはソフト面
 首相は今月6日、福島県南相馬市と浪江町に整備された研究開発拠点「福島ロボットテストフィールド」(RTF)や、太陽光発電で水を電気分解し、水素を製造する同町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」を視察。記者団に「今後も国が前面に立って福島復興の取り組みを行う、私の決意を示す意味で訪問した」と訴えた。
 首相の福島入りは約半年ぶり2回目。昨年9月16日の政権発足時に決定した基本方針からは安倍前内閣が明記してきた復興に関する記述が消え、「復興軽視」の疑念を招いた。そのイメージ払拭(ふっしょく)の狙いもあり、10日後に慌ただしく訪れた。
 安倍前政権は三陸沿岸道路や巨大防潮堤など主にインフラ整備を進めた。政府はこれが一段落したと判断。仕上げの局面に入るに当たり、原発避難者の帰還や移住者の呼び込みなど街のにぎわいを取り戻すソフト面の復興に力点を移している。
 6日の視察で首相は帰還者や移住者との懇談にも臨み、「福島の復興に明かりが見えてきた」と強調、新たな方針を象徴する機会となった。東北地方選出のある自民党議員は「首相が掲げる『自助・共助・公助』の理念そのもの」と指摘する。震災10年を踏まえて被災地の独り立ちに期待し、国はそれをバックアップするという考えだ。
 ◇先送りの処理水
 同時に先送りされたままの課題もある。東京電力福島第1原発から出る放射性物質トリチウムを含む処理水を海洋放出する処分方法は、地元の漁業関係者らが風評被害を懸念して調整が難航。首相は「できるだけ早く方針を決めたい」と繰り返してきたが、6日の福島訪問の際もその時期は示さなかった。
 新型コロナウイルス感染は止まらず、政権はその対応に忙殺される。首相は総務省接待問題でも野党から厳しい追及を受け、内閣支持率は回復しない。政府高官は「政権の体力が落ちている」と認める。
 この影響で処理水をめぐる地元との交渉にも本腰を入れられないのが実情だ。首相はエネルギー政策について「原子力を含めあらゆる選択肢を追求する」と原発再稼働を前提とする立場。一方で原発事故に伴う除染廃棄物の受け入れ先は議論が進まず、首相の指導力は見えない。
 五輪・パラリンピックの行方も復興の勢いを左右する。首相は「復興を成し遂げた姿を世界に向けて発信する場」と位置付ける。聖火リレーは25日に福島県からスタートすることになっており、首相も立ち会う予定だ。
 ただ、首都圏を対象とする緊急事態宣言はリレー出発直前の21日まで延長された。解除できたとしても、状況が悪化すればまた宣言に追い込まれる可能性があり、ある閣僚は「再々宣言なら五輪は危うい」と語る。被災地に希望を与えられるかどうか、コロナへの対処がカギを握る。 

その他の写真

福島ロボットテストフィールドで関係者の説明を聴きながら、ドローンの操縦講習を視察する菅義偉首相(中央)=6日、福島県南相馬市(代表撮影)
福島ロボットテストフィールドで関係者の説明を聴きながら、ドローンの操縦講習を視察する菅義偉首相(中央)=6日、福島県南相馬市(代表撮影)
福島県浪江町への帰還者や移住者との懇談に臨む菅義偉首相(右から2人目)。右端は内堀雅雄知事=6日、同町の「道の駅なみえ」(代表撮影)
福島県浪江町への帰還者や移住者との懇談に臨む菅義偉首相(右から2人目)。右端は内堀雅雄知事=6日、同町の「道の駅なみえ」(代表撮影)

特集、解説記事