住民に広がる「難民疲れ」=観光打撃、絶えぬトラブル―欧州難民最前線(下) 2020年08月24日

 欧州に100万人を上回る難民や移民が流れ込んだ危機から5年。欧州最大の難民キャンプが置かれ、今も最前線にあるギリシャのレスボス島では、訪れる観光客が激減。難民らとのトラブルも絶えず、住民には「難民疲れ」が広がっている。
 ◇消えた観光客
 「もう観光は死んでいるよ」。島最大の都市ミティリニで飲食店を営むパナイヨティス・モリビアティスさん(58)は諦め顔で語った。
 トルコからボートで大量の難民らが島に押し寄せたのは2015年。「最初は困った人を助けなければと島のみんなが思った」。その多くはギリシャ本土や欧州各国へ渡っていったが、次第に島にとどまる数が増加。人口約8万6000人(11年)の島には現在、約1万3000人の難民らが滞留している。
 反比例するように観光客は減少。3月以降は新型コロナウイルス禍が追い打ちとなり国内外からの客足はさらに遠のいた。難民らとの文化や宗教の違いによる摩擦も多く、「島民の大半はもうキャンプなんて要らないと思っている」という。
 市内で客待ちをしていたタクシー運転手パンデリス・クリダラスさん(49)は「歩いているのはほぼ地元の人だけだよ」と恨み節を吐いた。今は政府がコロナ対策で導入したキャンプに対する移動制限で難民の姿もまばら。「難民が外からウイルスを持ち込んだら一気に広がる。続けるべきだ」と継続を支持した。
 ◇高まる緊張
 最も苦しむのは市内から数キロにあるキャンプ周辺の住民だ。一部の難民らはテントの材料を得ようと私有地に侵入しオリーブの木を伐採。家畜の羊やヤギの盗難も後を絶たない。支援するNGOへの不信も根強い。
 住民の一人で肉店のアシマキス・パブレリスさん(46)は、伐採や窃盗の様子を撮影した動画や写真を見せながら、「住民には悪夢だ。みんな『難民疲れ』してしまった」とため息をついた。
 政府は既存キャンプに代わる新たな施設建設を島で計画。今年の前半には住民が大規模な抗議デモを行い警察との衝突も起きた。これとは別に、待遇に不満を募らせる難民らのデモも発生し、混乱。島内の緊張が高まった。「今年は過去最悪の年だ」とパブレリスさん。「政府や欧州連合(EU)は島を監獄にしようとしている」と憤り、難民を他の国に移すべきだと訴える。
 ◇遠い問題解決
 欧州に流入する難民らは15年からは大きく減ったが、今も地中海を中心に年10万人以上いる。
 流入減速は、EUが資金支援する見返りにトルコに難民を引き留めてもらう16年の合意によるところも大きい。トルコは現在、国内に400万人超の難民を抱える。
 2月末にはEUとの関係悪化を背景にトルコが難民に渡欧を促す方針に転換。ギリシャとの陸側国境に人々が殺到した。
 危機再燃を恐れたEUは「ギリシャの国境はEUの国境だ」(フォンデアライエン欧州委員長)と流入阻止へギリシャ支援を表明。沿岸の警備体制も強化した。政府もレスボス島沖に浮遊式の障害物を設置した。ただ、こうした対応には「欧州がいくら拒んでも難民の波は止められない」(国境なき医師団)と疑問視する声が上がる。
 EUには難民が到着した国が受け入れ義務を負うルールがあり、ギリシャなどに過度な負担を強いてきた。EUでは危機後、恒久的な負担分担制度も議論してきたが、東欧諸国の反対で行き詰まったままだ。欧州委は今秋にも新たな対策案を示す見通しだが、これ以上の先送りは許されない。

 ▽レスボス島
 レスボス島 エーゲ海北東部にあるギリシャの島。人口は約8万6000人(2011年時点)で面積は国内の島で3番目に大きい。隣国トルコの海岸とは最短距離で10キロ程度。100万人超が欧州に流入した15年の難民危機では、トルコから多数の人々がボートで漂着し最前線の一つとなった。
 流入は今も継続。島の難民キャンプは欧州最大で、今年の初めには3000人の想定収容数に対し2万人超が暮らす過密状態に。環境悪化が問題視されている。うち多くはアフガニスタン人でシリア人などが続く。 

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難民キャンプ周辺に住むパブレリスさん=10日、ギリシャ・レスボス島
難民キャンプ周辺に住むパブレリスさん=10日、ギリシャ・レスボス島
政府の新たな難民キャンプ建設計画への抗議デモを行うレスボス島の住民ら=2月27日、ギリシャ・レスボス島(AFP時事)
政府の新たな難民キャンプ建設計画への抗議デモを行うレスボス島の住民ら=2月27日、ギリシャ・レスボス島(AFP時事)

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